レポート

黒浜貝塚が公園になるらしい。

先日、蓮田市役所の隣にある黒浜貝塚を見学した。

黒浜貝塚は縄文時代の土器や貝塚が数多く出土している遺跡だ。2006年に埼玉古墳や吉見百穴と同じく国の指定史跡になった。

2015年の現在では史跡公園にする工事が進められている。計画では今も縄文時代の面影を残している一帯を整備して、できるかぎり当時の森や川辺の情景を再現するそうだ。

まずは竹を取り除くところから

「この一帯は今、孟宗竹を抜く作業をしています。孟宗竹が大陸から入ってきたのはおよそ1200年前、平安時代の頃だといわれています。そのため生えていた3000本の竹を取り除くことが必要でした。」

文化財展示館の職員である小宮さんが説明してくれた。竹が取り除かれた場所は「椿山のムラ」と呼ばれるエリアにあたり、新たにどんぐりなど広葉樹が植えられる。僕らが見学に行ったときには、重機で一通り竹が取り除かれた場所を、文化財展示館の職員の方たちが手作業で細かい根を抜いていた。孟宗竹は少しでも根が残っているとまた生えてきてしまうらしい。

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抜根作業をしている職員さんたち
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竹の根っこ

「地面から深さ50センチ程の間に現代から縄文時代までの地層があります。この辺りは台地のため堆積が少なく、縄文時代の地層といっても比較的浅い場所にあるんです。」

たしかに歩いている途中でも土器のかけらを見つけた。まるでセミの抜け殻みたいに落ちている。

公園の整備と並行して追加の発掘調査も行われていて、現場には所々に砂がかけてある場所があった。

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砂のサイン

「住居跡などの遺構の存在を確認したサインとして砂をかけておくんです。こうしておくことで次世代の人があらためて調査するときに、以前に確認された場所なんだということがわかります。これは全国共通なんですよ。」

遺跡は後世の人たちに引き継いでいくものなので、調査や整備もそのことを踏まえながら進められている。

カキ養殖をする縄文人

椿山のムラをぬけると窪んだ低地がみえてきた。葦がたくさん生えていて、土の感じもちょっと違っている。

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葦が一面に生える湿地、この奥が宇都宮線の線路

「少し前まではここに川が流れていたんです。近くを通る東北自動車道を作るために地面を深く掘る必要があったので、その際に川はなくなってしまったんですけどね。今でも川があった当時のことを話してくれる人もいます。川辺の砂地からは砂鉄が採れるため、奈良や平安時代には製鉄が盛んにおこなわれていました。『千と千尋の神隠し』にでてくるようなタタラ場があちこちにあったはずです。鉄の生産だけではなく、武器や農具への加工が行われていた跡も見つかっています。」

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タタラ場の模型

製鉄から加工までを一か所で行った場所というのは全国的に見ても珍しいらしい。そのため一時期、製鉄関係の研究者がたびたび視察に来ていたのだという。

低地に沿うように崖のような場所があり、そこから他とは違う白い地層が見えていた。

「ここは縄文時代よりもさらに古い地層で、石のような固い砂でできています。低地の奥の方が海だったのですが、その周辺ではこの堅砂や葦の枝の跡がついたカキ殻がみつかっています。縄文人が堅砂の塊や葦を使ってカキの養殖をしていたのではないかと考えられています。」

だいたい6000年前ぐらいの話らしい。蓮田でカキが獲れたというのも現実味がないが、カキ養殖をしている縄文人というのはもっと想像つかない。ちなみにそのころの蓮田は今の沖縄に近い亜熱帯の気候だったとのこと。「縄文時代のリゾート地」なんて新聞で紹介されたこともあったとか。沖縄のような場所でしかも新鮮なカキが食べれるなんて、今よりだいぶ快適そうだ。

歴史は今につなげなければならない

一通り案内していただいた後、展示館に行って公園の詳しい話を伺った。

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公園予定地の全体図

「公園の面積は50000㎡以上、規模でいうと東京ドームとドームシティを合わせたぐらいの広さになります。しかし当初からこれほど広かったわけではありせんでした。」

そもそも黒浜貝塚が見つかったのは大正から昭和にかけて。当時からこの周辺にはまだ数多くの遺跡が埋蔵しているだろうと考えられていた。そこでさらに詳しい発掘調査を行うため、10年ほど前から少しずつ用地の取得が進められたという。

「我々職員も地主さんの所へ説明にうかがいました。時間をかけて少しづつ用地の取得を進めていったのですが、古くから土地を守り続けていたお宅をはじめ、地主のみなさんは一様にこの辺りの風景を残すことに協力的でした。」

小宮さんも地主さんのお宅にたびたび説明に赴いたという。先ほどの竹の抜根といい、地主さんたちへの説得といい、展示館の職員の仕事は予想以上に多様だ。お話を聞くまではもっぱら発掘調査や出土品の整理などをされているのだと思っていた。

「新しい発見や詳しい調査ももちろん重要ですが、この仕事では多くの人に蓮田の歴史を知ってもらうことが一番の成果だと思っています。むしろ文化財の保全という点だけでみれば、調査や整備は遺跡を傷める可能性もあるため、発掘せずに原野のままが望ましいと言うこともできます。しかし文化財は現代の我々の生活や知恵につなげてこそ意味があります。当時の人々が過ごした森で散策やイベントの参加を楽しみながら、歴史に触れる機会をもってもらえたらと思っています。」

2015年10月には開園に先駆けて植樹イベントも行われるという。訪れる際にはぜひ職員の方たちに話しかけてみてほしい。展示品のことはもちろん、発掘や展示にまつわるエピソードも聞くことができるだろう。

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